僕は末期がん患者です。
唾液腺がんがみつかり手術をしましたが、その後2回の再発と手術を繰り返しました。
そして肺と脊椎に転移をした結果、治療不能、いわゆる末期がん宣告を受けました。
たが、僕は平均寿命まで生きることを諦めてはいないです。
そう、僕は諦めの悪い末期がん患者です。
これは、そんな僕が生きた記録です。
今までの経緯を記しておきます。
耳のしこりの検査で病院から呼び出し
ある日僕は病院で検査を受けました。
耳の近くにできたしこりが少し気になっていたからです。
結果を聞きにいく日の予約をしていたのだが、なぜかその日より前に病院から電話がありました。
電話口の看護師と思われる女性が告げました。
『この前の検査のことで、先生からお話しがあるので病院に来られる日を教えてください。』
何か嫌な予感がする。
『どんな結果が出たんですか?』
『それは病院で先生からでないとお教えすることはできません。』
とりあえず行かれる日を伝えて予約をとり、電話を切りました。
普通はパニックになるのだと思いますが、なぜかパニックになることはなかったです。
『がんだな。』
そう思いました。
そして、僕の思考はすぐさま、『このまま病院に行けばその病院で治療することになる。病院に行く前にベストな病院を決めておいて紹介状を書いてもらわないと。』となり、すぐに想定される病名をネットで調べ始めました。
がん告知前に転院先選び
唾液線がん。
恐らくこれだ。
珍しい腫瘍で、悪性であることも稀とのことでしたが、急いで結果を聞きに来るよう連絡が来たのだから悪性なんだろう。
想定される病名がほぼ間違いなさそうなので、あとは病院選びです。
本も何冊か購入して調べまくりましたが、珍しいがんだけに、唾液線がんで有名な病院は見当たりませんでした。
ただ、頭頸部のがんではいくつか有名な病院がピックアップできたので、その中から行きたい病院を決めました。
不思議なくらい冷静でした。
僕は、何か不安になるようなことが起きた場合、どんな状況であっても、自分の意思でできることをやるだけだと考えるようにしています。
人はどうなるか分からない場合に不安になります。
だが、どんな状況や結果になろうと、人ができることは、自分の意思でコントロールできることだけであって、結果をダイレクトに変更することはできません。
がんである可能性が高い状況で、がんなのか?がんでないのか?どうなってしまうのか?などと想像してみても結果は変わりません。
大事なことは、がんであった場合に自分になにができるのか?その選択肢のうちどの選択肢がベストなのかを考えて実行することです。
がんであった場合に僕ができることは、一刻も早くベストと思える病院を決めることくらいしか思い付きませんでした。
不安な時はどうなってしまうのか?と漠然と不安になるものですが、自分がやることを整理すると、それほど選択肢はなかったりします。
僕の場合、やることが決まるだけでもかなり落ち着きます。
そして病院に結果を聞きに行く日を迎えました。
続く。